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【不登校のはじまり~小1の終わり】子供が小1から不登校になった!②

我が子の不登校記録です。

 

①の続きなのでまずは↓をごらんください♪ 

 

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【小1】冬休み明け、不登校の始まり

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冬休みで気持ちが切り替わることもなく、『学校へ行きたくない』気持ちのまま3学期がはじまった。

 

冬休みの宿題も乗り気ではありませんでした。

 

『これをやったら学校に行かないといけないだろう…』という気持ちもあったのかな。

 

『宿題をやる=学校へ行かないといけない、ということではない』と説明はしました。

 

2学期の学校対応で病んでいた私。

 

3学期は旦那にお任せすることにしました。

 

  • 連絡帳を書く
  • 学校からの電話
  • 面談

 

3学期の初めは上の3つのことをやってくれました。

 

旦那は仕事だってもちろん普通にある。

 

それに加えて娘のことまで、本当に感謝しています!

 

3学期初日『行かない』という旨を連絡帳に書いてお友達に届けてもらいました。

 

この頃は、私の中で『行かせなきゃ』という思いは全くなかった。

 

色々やってみた。それでも『行けない・行かない』と娘が決めたこと。

 

不登校の母の集まりに参加

3学期が始まってすぐ『不登校カフェ』という不登校の母の集まりに参加しました。

 

平日の昼間に開催だったので、子ども2人連れて私は行った。

 

こういった不登校の集まりは人生で初。

 

私の他に3人の中学生の不登校の子を持つお母さんが参加していました。

 

不登校の母初心者の私、右も左もわからない状態なので色々と教えていただきました!

 

  • 給食費は止められる
  • 連絡も毎日でなくてもいいのでは?
  • 心が疲れているうちは勉強はできない
  • シューレについて

 

などなど、それまで知らなかった情報をたくさんもらえた。

 

『理解のない学校との話し合いに力を使うなら、我が子のために使った方がいい』

 

『我が子のために戦わないで、いつ戦うんだ!』

 

先輩方のお話は本当に参考になったと同時に、不登校の母って他にもいるんだ!一人じゃないんだ!とも思えました。

 

あの時、思い切って参加して本当に良かったです☆

 

 

3学期初の学校との面談

3学期が始まりすぐ、旦那・教頭・教務主任・担任で面談が。

 

『お母さんも是非』と言われましたが、私は行かなかった。

 

伝えたいことは旦那にメモで渡しました。

 

連絡方法変更の提案もして、連絡帳・電話からメールに変わりました。

 

メールは学校のメアドを使うため、他の先生も見ることもあると言われましたが、そんなの構わない。

 

むしろ見てください!という感じです。

 

『毎日連絡をとりたい』という担任の希望で、1日1回ずつメールを送りあいました。

 

そして、我が家の不登校生活がスタートしました。

 

ここから先は学校側が『連れてきて!』とか『少し来ませんか?』と娘に言うこともありませんでした。

 

この頃の娘の様子

3学期スタート前から『学校へ行かない』と言っていた娘。

 

家ではとっても元気で、お友達とも冬休み普通に遊んでいました。

 

引きこもり・部屋からでない・暗い顔という感じではなかったので、ホッとしました。

 

3学期スタートしてすぐの連休は、旦那と長女で旅行もした☆

 

父娘旅行デビューで、ディズニーへ2泊の旅。

 

送られてくる写真は笑顔がたくさん。

 

元気でいてくれることがなによりも私は嬉しかった。

 

『元気なら学校行けるじゃん』と思うかもしれませんが、そうではない。

 

学校に行かなくてもいい!となったから元気なのかも。

 

お風呂で泣くことだってなくなった。

 

進研ゼミも初めて、毎日家でもコツコツお勉強をしていました。

 

ただ、月に1~2回熱はでる。

 

見た目ではわかりませんが、心はまだまだ疲れているんでしょう。

 

プリントはクラスのお友達が届けてくれていたので、その子と娘も楽しそうに毎日会話をしていました(^^)

 

担任とのメールでのやりとり

担任とのメールでのやりとりがスタートした。

 

午前中に私が送る、夕方先生からくる。そんな毎日でした。

 

毎日毎日書く事もあまりなかったので『今日も元気です。』のみ送信した日もありました。

 

メールは電話の100倍気持ちが楽。

 

学校への連絡が苦痛… これって不登校ママあるあるだと思います。

 

生存確認や教育委員会への報告、様々な理由があるのでしょうが精神的にキツイのも事実。

 

先生だって『電話したくてしているわけじゃない』でしょう。

 

このメールのやりとりは、1年生の終わりまで毎日続きました。

 

3学期、私に電話は1回もなかったので、本当に気持ちが楽になりました!

 

 

【担任からの質問】クラスメイトに説明したい

2月のある日の担任から『クラスのお友達も「なんで○○ちゃん(←娘)こないの?」と疑問に思っているのでみんなに説明したい。なんと言えばいいか、なにか要望はありますか?』と聞かれました。

 

学校へ娘が行かなくなって1カ月以上。

 

そりゃあみんな『?』って思いますよね。

 

私は、隠すことも嘘をつくこともしなくていいので身体は元気だけど、学校へ行くことがどうしてもできないという感じで伝えて欲しいとお願いしました。

 

嘘を1つついてしまうと、今後絶対に大変になる。

 

その嘘を守るため、次から次へとウソをつく必要がでてきてしまうから。

 

担任の先生も一生懸命考えてくれ、『みんなにこうやって話そうと思う』と事前にメールにて教えてくれました。

 

1年生なので難しいことはわからない。

 

それでも、真剣に聞いて理解してくれたようです。

 

1年生も無事に終わり

1年生の最後、通知表を取りに行くのは私のみで行きました。

 

先生に会うのは2学期の最後ぶりでしょうか。

 

  • 成績表は斜線あり
  •  出席日数はゼロ

 

噂に聞いていた斜線をはじめて目にするので、衝撃はあった。

 

『これが噂の斜線だ!』って。

 

担任の先生は妊娠中なので4月から産休に入る。

 

2年生の担任になることは100%ないので、これで最後かと思うと頑張れました!

 

私だけじゃない、先生だってきっとそう思っている事でしょう。

 

教頭先生もこの時顔を出してくれた。

 

教頭も4月には新しい学校へ校長として移動していきました。

 

『無理せずで大丈夫。少しづつで』といった言葉をかけてくれましたが、登校しぶりの時にこうゆう言葉をかけて欲しかったな。

 

あの頃、担任の対応と娘のことでいっぱいいっぱいで。

 

誰かがこうゆう優しい言葉をかけてくれたら気持ちがだいぶ違ったのに。

 

不登校娘の小学1年生がようやく終わりました。

 

この頃の私の気持ち

子供が不登校になりました。

 

登校しぶりをしていて、連れて行ったり休んだり、学校へ連絡をしていた時期に比べたら気持ちが楽。

 

だって『行かない』ってもう宣言しているんだもん。

 

ただ、

 

  • 小学1年の長女
  • 3歳の次女

 

とずっと一緒。

 

さすがに子供の年齢を考えると、二人を置いて私のみで出かけるなんてできません。

 

  • 勉強は家でする
  • 3人で同じ家で過ごす

 

こんな生活になかなか慣れないでイライラしまくっていました。

 

公園へ行ったり、クッキーを作ったり、それなりに楽しくやっていたけれども、子供と離れられないという状態はキツカッタ。

 

イライラして怒鳴ったことも1回・2回ではない。

 

『勉強は家でやる』という約束はしてあったので、毎日娘は勉強をする。

 

それを教えないといけない。

 

『普通なら学校で教えてくれるものを、なぜ私が教えないと行けないのか…』そんな思いだってあった。

 

この頃の支えは、毎週金曜に遊んでくれる幼稚園時代のお友達の存在でした。

 

不登校になっても変わりなく遊んでくれて、毎週それが楽しみで頑張れていたんだと思う。

 

子供は子供で遊んで、母は母でしゃべる。

 

あの時間がなかったら、私はどうなっていたんだろうか。

 

 頼れる親戚だって近くにいない。とりあえずストレスはブログに書く、そして寝る。

 

不登校なりたてのころ、他の子の朝ランドセルを背負っている姿を見るのも嫌だった。

 

なので、朝はゴロゴロしていたり、なんかなんにもしたくなかった。

 

そんな気持ちも1ヶ月くらいすると慣れてきた感じがしています。

 

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